
(イメージ図は AI 生成)
iPhone の動画撮影性能は、業界でもベンチマークとされるほど高く評価されています。しかし一方で、「極端に暗い環境」における夜景撮影では、「油絵のように見える」「ノイズが多すぎる」といった不満の声がユーザーから上がることも少なくありません。
Google Pixel や Samsung などの Android 陣営が強い存在感を示す中、Apple はついに切り札とも言える新技術を用意してきたようです。
Apple と米国の Purdue University が共同で発表した最新の研究論文によると、同社は 「DarkDiff」 と呼ばれる技術を開発し、RAW データの段階から生成系 AI を用いて夜景写真を改善する ことを目指しています。
DarkDiff とは何か ― AI を ISP に組み込む発想です
現在のナイトモードは、多くの場合、複数枚の写真を合成することでノイズを低減し、明るさを向上させています。しかし、撮影環境があまりにも暗い場合、撮像センサーが捉えられる光子の量が極端に少なくなります。
その結果、従来の ISP(画像信号処理)アルゴリズムでは、ノイズを除去しようとする過程で細部の情報まで一緒に消してしまうことがあり、写真全体がぼやけた「油絵のような仕上がり」になってしまいます。
DarkDiff は、こうした従来手法とはまったく異なるアプローチを採用しています。Apple は新しいモデルを一から学習させるのではなく、Stable Diffusion に代表される高性能な事前学習済み拡散モデルを活用し、それをカメラの ISP 処理フローに直接統合しています。
DarkDiff の 3 つの特徴 ― ディテールが戻ってきます
論文内で行われた比較実験によると、DarkDiff は極低照度環境において、
現在の SOTA(最先端技術)を上回る性能を示しており、特に知覚的な画質で優れた結果を出しています。
1. 油絵感を抑え、自然な質感を再現します
従来手法では平坦になりがちな木の葉の質感も、DarkDiff では一枚一枚の細かなディテールまで再現されています。
また、暗所で撮影された書籍の文字も、はっきりと読み取れるレベルまで改善されています。
2. 「領域ベース交差注意」メカニズムを採用しています
生成系 AI で特に懸念されるのが、実在しない要素を作り出してしまう「AI の幻覚」です。これを防ぐため、Apple のエンジニアは領域ベースの交差注意機構を設計しました。
この仕組みにより、AI は生成時に元画像の局所的な特徴に強く依存することが求められ、元の写真に存在しない内容を勝手に生成することを防いでいます。
3. 文字や人の顔が歪まないように設計されています
研究チームは、残差接続を備えた VAE(変分オートエンコーダ)も導入しています。これにより、写真内の文字や人物の顔といった「内容のアイデンティティ」が、AI 処理によって歪んだり変形したりするのを防いでいます。
実際の処理の流れです
iPhone のカメラは、まず RAW データを取得し、基本的なデジタルゲインやホワイトバランス調整を行った後、リニア RGB 形式へと変換します。
その段階で DarkDiff モデルが処理に介入し、単なる補正ではなく、ノイズの分布を考慮しながら、本来存在すべきだったディテールを生成します。
論文に掲載されている 9 分割の比較画像では、左上がノイズの多い入力画像、右下がクリーンな参照画像となっており、中央上の DarkDiff は、SD Concat、EDL、SID などの手法と比べて、明らかに高い解像感を示しています。
DarkDiff はまだ発展途上です
非常に有望な技術ではありますが、論文では現時点での課題についても正直に言及されています。
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非英語文字への対応が弱い
低照度環境における非英語テキストの再現性は、まだ十分とは言えません。 -
計算量が多く、消費電力が高い
拡散モデルは演算負荷が非常に大きく、推論時間も長くなります。
論文では、クラウド側での計算支援が必要になる可能性も示唆されています。
それでも DarkDiff は、Apple が生成系 AI を画像処理の基盤レベルまで深く統合しようとしていることを示す重要な試みです。Google も Pixel 10 で AI を用いた超望遠解像度強化を検討しているとされており、「AI ISP」は今後のスマートフォンカメラ競争における重要なキーワードになりつつあります。
将来的に A シリーズチップの NPU 性能が向上し、あるいは「プライベートクラウド」のような方式と組み合わされれば、iPhone の夜景撮影は、真っ暗な環境でも明るく、かつディテール豊かな写真を撮影できるようになるかもしれません。
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