2025 年の初めから現在にかけて、Apple ではまれに見る大規模な経営陣の異動が続いています。長年「安定性」で知られてきたリーダー層が、このタイミングで一斉に入れ替わり始めているのです。チップやハードウェア開発、インターフェースデザイン、サステナビリティ、オペレーション、財務、法務・コンプライアンスといった会社の中核を担う部門のほぼすべてで、新旧交代が進んでいます。こうした全面的な動きは、創業以来でも例を見ないほどの規模だと外部から評価されています。
これほどの退職・異動の波が起こると、どうしても気がかりになります。これまでの Apple の DNA や意思決定のテンポ、製品や戦略の思考方法は、新しい世代にきちんと受け継がれていくのでしょうか。そして Apple の未来は、私たちが知る「アップルらしさ」を保ち続けられるのでしょうか。
かつての「CEO 最有力候補」：Jeff Williams 氏
ジェフ・ウィリアムズ氏は長年 Apple の最高執行責任者（COO）を務め、1998年に入社した古参の幹部です。iPod、iPhone、Apple Watch などのハードウェア計画に携わり、台湾を訪れて張忠謀氏（TSMC 創業者）と協業の可能性について意見交換したこともあります。世界のサプライチェーンと製品発売のリズムを統括し、経験豊富で安定したオペレーション管理者として知られてきました。
彼は北カロライナ州立大学で機械工学士号、デューク大学で MBA を取得しており、技術とビジネスの両面に通じています。
2025年7月、Apple 在籍27年のキャリアを終え、正式に退任しました。
彼の退任は、単なるポジションの空白ではなく、供給チェーン、製品リズム、運営の安定性を中心とした一つの経営スタイルが終わりを迎えた象徴でもあります。供給網と製品投入のスピードが極めて重要な現在、この変化は Apple に新たな不確実性をもたらす可能性があります。
「チップの魂」と呼ばれる人物の去就：Johny Srouji 氏
Apple Silicon の登場以降、ジョニー・スルージ氏は Apple の発表会でよく姿を見せるようになりました。
スルージ氏は Apple の上級副社長として、自社チップおよびハードウェア技術チームを率いています。Aシリーズと Mシリーズを含む Apple Silicon の総設計責任者であり、iPhone・iPad・Mac の根幹を支える基盤技術を築いてきました。
彼はイスラエル出身で、イスラエル工科大学（Technion）で計算機科学の学士号と修士号を取得しています。
最近の報道によりますと、スルージ氏はティム・クック氏に対し「Apple を離れる可能性を慎重に検討している」と伝えたと言われています。社内では、彼が他社に移る可能性を指摘する声もあります。しかし報道後、彼は社員向けメモで、チームと仕事を深く愛しており「当面退職する予定はない」と強調しました。
とはいえ、もし彼が最終的に Apple を離れることになれば、それは単なる一人の幹部の退任ではなく、自社チップの未来につながる生命線を失うことを意味します。Apple Silicon の継続性、ハードウェア統合、新チップ開発に重大な影響を及ぼす可能性があるためです。Apple Silicon は近年、Apple が成し遂げた最も大きく、最も成功した変革のひとつと言えます。
人間の体験とユーザーインターフェースを導いてきた Alan Dye 氏
アラン・ダイ氏は 2015 年から Apple の Human Interface / Design 部門を率いてきました。Vision Pro の初披露時の説明役を務めたほか、2025年の iOS 26 発表の映像でも Liquid Glass デザインの理念を紹介していました。Jony Ive 氏以降の Apple のソフトウェア美学とユーザー体験を支えた重要な人物です。
彼は Apple 入社前からデザイン経験を積んでおり、細部へのこだわりと全体の一貫性（cohesion）を追求する姿勢が、iPhone、Apple Watch、Mac、iPad など多くの製品の UI/UX に影響を与えてきました。
しかし今年、Meta に引き抜かれ、2025年末に Meta のチーフデザインオフィサーへ転職することになりました。
ダイ氏の退任は、Apple のデザイン美学とユーザー体験におけるひとつの時代の終わりを意味します。後任のデザインリーダーが、この一体感と精緻さを引き継げるかどうかが今後の注目点です。
AI 戦略を導いてきた人物：John Giannandrea 氏
今回の人事異動の中で、機械学習と AI 戦略を担当するジョン・ギアナンドレア氏も重要な立場にあります。
ギアナンドレア氏は Google で検索と AI 部門を率いた後、2018 年に Apple に迎えられ、機械学習・AI戦略担当の上級副社長として Apple Intelligence、Siri の刷新、基盤モデルの構築などを主導してきました。
Apple は 2025 年 12 月に、ギアナンドレア氏が現職を退き、2026 年春に顧問を経て完全退任することを発表しました。後任には、Google と Microsoft で Gemini Assistant 開発を率いたアマー・スブラマニヤ氏が就任し、Craig Federighi 氏に直属する体制となります。Apple の AI 体制も新たな引き継ぎ段階に入ったと言えます。
最も影響力のある環境分野のリーダー：Lisa Jackson 氏
Apple Park の太陽光パネルの屋根の上で、カーボンニュートラルの理念と成果について語るリサ・ジャクソン氏の姿を印象深く覚えている方も多いのではないでしょうか。
ジャクソン氏は長年、Apple の環境・政策・社会的取り組み（Environment, Policy & Social Initiatives）を率いてきました。カーボンニュートラル、環境保護、責任あるサプライチェーンに関する Apple の対外的な顔として活躍してきた人物です。ESG やサステナビリティ、政策対話などで中心的役割を担ってきました。
彼女は Apple 入社前にアメリカ環境保護庁（EPA）の長官を務め、国際法規やCSR、企業倫理の面で重要な役割を果たしてきました。『TIME』誌では「最も影響力のある気候リーダー」にも選ばれています。
Apple は彼女が 2026 年 1 月に退任すると発表し、後任は新たなアドバイザーが引き継ぐ予定です。この退任は単なる人事異動ではなく、Apple のサステナビリティ、政策、社会的責任における語り口や戦略の変化につながる可能性があり、内外のイメージにも影響すると見られます。
会社を支えてきた後方部門の交代：Luca Maestri 氏 & Katherine Adams 氏
ルカ・マエストリ氏は 2014 年から Apple の CFO を務め、財務戦略、資金管理、財務報告を担当してきました。この役割は、Apple の長期的発展や投資判断、株主からの信頼にとって極めて重要です。
しかしマエストリ氏は 2025 年から企業サービス部門へ異動し、近い将来退任すると見られています。
キャサリン・アダムズ氏は 2017 年から Apple の総法律顧問を務め、法務、プライバシー、コンプライアンス、政府対応などを担当してきました。表立って登場することは多くありませんが、企業統治と法令遵守の中心人物です。
Apple は彼女が 2026 年末に退任すると発表しています。
これらの交代はチップやデザインほど目立つものではありませんが、財務の健全性、法令遵守、グローバル運営の安定といった Apple の「後方の支柱」にとって非常に重要であり、新たな再構築期に入ったと言えます。
次の Apple を、誰がより良い未来へ導くのでしょうか？
今回の人事異動は、チップ、デザイン、サステナビリティ、オペレーション、財務、法務と幅広く及んでいますが、本質は外部が懸念するような「危機的な再編」ではなく、むしろ長年の組織発展を経た自然な世代交代に近いものです。複数のベテラン幹部が退職やキャリア転換を選んだことで、意思決定や運営ペースに細かな変化は生じるものの、Apple が大きく不安定化するわけではありません。
成熟した巨大企業において、リーダー層の交代はしばしば新たな布陣と戦略の始まりを意味します。たとえば、ハードウェアエンジニアリング担当副社長のジョン・ターナス氏は、次期 CEO の最有力候補として外部から注目を集めています。この退任ラッシュが、新たなリーダー候補に自身の組織文化を築く余地を与え、次の10年に備えるタイミングとなる可能性もあります。
総じて今は注視すべき局面ではありますが、過度に心配する必要はありません。幹部交代は Apple に新たな方向性や視点をもたらす可能性があります。製品デザイン、戦略リズム、内部運営などに変化は生じるものの、企業の次の段階に向けた活力となり得ます。今後2〜3年は、Apple が「継承」と「革新」のバランスをどのように見いだすかを見届ける重要な期間となるでしょう。
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